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マンゴココナッツミルクプリン [お料理]

今週も暑いですね。

夏にはトロピカルな冷たいデザートです!

今週のウーマンズデーデザート

ココナッツミルクプリンwithマンゴー
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材料二人分
ココナッツミルク250ml.生クリーム50cc.牛乳200ml.砂糖50g.
粉ゼラチン5g.水大さじ2.ラム酒小さじ2

鍋にココナッツミルク、生クリーム、牛乳を入れ温めます。
温まったら砂糖を入れて溶かし、粉ゼラチンに水を入れて混ぜ
鍋に入れてよく混ぜます。

型に入れて固まったら、マンゴーを好きな形に切って飾って出来上がり♪

冷たくて美味しいね。

by.megumi


バラのお花 [ひとりごと]

6月は結婚記念日

その日はお仕事でLAに行ったりでバタバタしてしまいましたが、
お仕事関係の方から記念日のお花とカードを頂けたり、ちょっとしたサプライズ

うふふ嬉しい~。

masaさんもお花をと言っていたのですが、植木のバラが欲しかったので
植木でとお願いし、次回のお休みの時に変更

一緒に選び買ってもらいました~。
自分で植えるつもりで居たバラでしたが
masaさんがしっかり植えてくれました♪
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沢山のハッピーが散りばめた玄関が出来上がり、毎日がウキウキです。

枯らさない様頑張ります。

masaさん今年も有難う~。お互い16年頑張ったねぇ♪

by.megumi




WELLCOME HOME HIRO [ひとりごと]

JULY 4TH

ヒロさんが日本から帰国されました。

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ヨットが浸水するまでの話を聞いたり

日本での生活がどうだったかと色々聞けました。

くじらにぶつかったという事

広い、広い 太平洋の海で 小さな小さなヨットにぶつかった くじら

親子で母親が子供を守るためにヨットの前に出て体にぶつかった為の

出来事。

小さな、偶然と奇跡が重なり二人は生かされたとお話を聞けました。

ひろさんには2回、命を助けられたと辛坊さんに言われたと。

ヨットに乗ると決めてから念のための健康診断での癌発見

ヨットに水が入って来ている音でヒロさんが気づき、

避難することが出来たそうです。

盲目を障害といえるのかな。

盲目を個性と思ってしまえるヒロさんの行動。

お話を聞いいて、ここに存在していなかったかも知れなかった

ヒロさん

嫌、絶対生きて戻るだろうというパーワーのあるヒロさんが

そこにいました。

ずーとチャレンジしてほしいです。

もっとヒロさんを皆さんに知ってもらえたらと思います。

ひとまずお疲れ様

さ~、次がまってますよ!ひろさん♪

皆様応援お願いします!

めぐみ



りえさんのベビー [Terra Hair Design]

ジュニアスタイリストだった、りえさん

ご主人のお仕事でグアムにお引越し。

1年ほどで戻ってこれる予定ですが、

ひとまず、サロン業務はお休み。

そして、遅いお知らせになりましたが、

予定日より2週間ほど早い

6/18にベビーが誕生しました!!!

名前はカイくん

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お姉ちゃんのさくらちゃん
と一緒に。♪素敵な写真です。



2人のベビーになり大変そうですが、

暑いグアムで頑張っています♪

来年の今頃には戻って来れると思いますので

皆様、宜しくおねがいします!

by.megumi


HIROさんと辛坊治郎さんの太平洋横断 [ひとりごと]

terraやterrateenmodel達も応援しているヒロさんの太平洋横断。

今回は残念な結果でした。

色んな所で色々言われてるようですが、

24時間テレビと関係ないし!

準備も随分前から始まってました!

知らない人が違う批判して、おかしい。。。。

思ったことつぶやくのも良いけど、違ってた事への間違いを訂正して欲しい。

純粋なヒロさんの思いを勘違いで潰して欲しくないと思いました。

辛坊治郎さんのブログです。
http://blog.livedoor.jp/sinbojiro/archives/50895234.html

内容か下記の通り
**********************************************************
「ご迷惑をおかけしました。ありがとうございました。」


US2の機上で、レスキュー部隊にお礼を述べると、彼は笑ってこう言いました。


「それが、私たちの仕事ですから。助ける事が出来て、私たちもうれしいです。」
「すいません。お名前教えていただけますか?」
「いや、私たちは個人で仕事をしている訳ではありませんから、名前をお伝えする訳には行きません。」
「それでは、せめて部隊名でも」
「海上自衛隊、岩国基地所属、第71航空隊です。」


そう言いながら彼は、制服の二の腕あたりにマジックテープで貼り付けていた
部隊のワッペンをはがして私に渡してくれました。私にとって、このワッペン
は生涯の記念であり十字架でもあります。


今回の事で、一部メディアに「捜索費用1000万円」なんていう記事が出た
ようです。正直「ンな、アホな」と思います。高価な軍用機の調達費、燃料代、
人件費、さらに危険手当などを考えたら、億どころか、その1桁上の費用が掛
かっていてもおかしくはありません。私は今までに億単位の税金を払って来ま
したが、とてもそんなもので賄える額ではないんです。そもそも、命を懸けた
隊員の皆さんの仕事には値段なんかつけられません。今回私たちの救出に直接
携わって下さった人たちだけでも数百人に上る筈です。この皆さんに対して、
「費用を払う」という発想そのものが不遜で無礼です。


今の私に出来る事は、生かされた命で誠実に社会に恩返しをすること、そして
納税も含めた日本国民の義務を誠実に果たす事、これ以外に命を懸けて私たち
を助けてくれた海上自衛隊、海上保安庁の皆さんにお礼する方法は無いのでは
ないかと思っています。


今回の私たちの救出劇には、文字通り現場の隊員の皆さんが総力を挙げ、命を
懸けてくれました。


正直こう思います。ヒロさんはともかく私の命に、US2の乗組員11人の命
を危険にさらすほどの価値はあるのかと。それも、単なる趣味の世界の延長で
海に出た私たちの命は、食卓を守る漁師さんの命や、日本経済を担う貨物船の
船員さん達に比べると公的機関が助けるべき対象としてはずっとプライオリテ
ィが低い筈です。


でも隊員の皆さんと話をしていて気が付いたんです。彼らはそこにある命の価
値の軽重を判断して助けているわけでは無く、救える可能性のある「命」その
ものの為に働いているのだと。極端な話、極悪非道の犯罪者でも、将来ノーベ
ル賞を取るかもしれない天才でも、彼らが命を懸けて助ける対象としては同じ
「命」なんだという事が彼らと話していて良く分かったんです。


私はここに、彼らに助けてもらった者の義務として、彼らの仕事ぶりを記録し
ておこうと思います。勿論、私の見えないところで、実際に私たちがお会いし
た何十倍もの皆さんが、今回の救出劇にかかわって下さった訳ですが、私が目
撃した現場の皆さんの姿を通して、その向こう側で働く現場の皆さんの様子も
感じていただけるのではと考えます。


私たちが漂流を始めたのは6月21日午前8時ごろだったのですが、午前11
時には海上保安庁の航空機が1200キロを飛んで目視確認に駆けつけてくれ
ました。私たちが持っていた双方向無線電話機の16チャンネルを通じて、
「ライフラフト確認しました」という声が伝わって来た時の安堵感は言うまで
もありません。ほどなく駆けつけてくれた海上自衛隊の対潜哨戒機P3Cは海
上保安庁の航空機と交代して私たちのライフラフトの監視を開始し、ラフトに
目標監視用のビームを照射してくれました。これは元々軍事用の技術です。P
3Cの基本的な役割は、水面下に潜む潜水艦の監視です。海面下にはレーダー
電波が届きませんから、潜水艦の監視に際しては海面にソナー(音波探知機)
を投下して、これを通じて「海の中を見る」というのがこの航空機の最大の役
割ですが、海の下まで見える航空機ですから、海の上の物体の監視などは朝飯
前、一度ビームを当ててロックオンした目標物を見失う事は絶対に無いそうで
す。ただ問題は航続距離、滞空時間です。船の場合、とりあえず浮かんでいる
だけならいつまでもそこにいることが出来ますが、航空機は限界があります。
実は私たちを「ロックオン」していたP3Cは、監視の途中で燃料補給の必要
が生じてその後現場を離脱したんですが、すぐに次のP3Cが飛来して、継続
的にラフトの監視を続けてくれました。


P3Cがライフラフトの監視を始めてしばらくすると、海上自衛隊が世界に誇
る水上艇US2が飛来しました。世界の軍隊で水面から離着陸できるいわゆる
「水上艇」を持っているところはいくつかありますが、波高3メートルの海で
活動できる機体はこのUS2を置いて他にありません。実は第二次世界大戦当
時既に日本には、世界最高の水上艇である「二式飛行艇(通称、二式大艇)」
という存在があったんですが、戦後この技術を継承して作られた国産機がこの
US2なんです。厚木からこの機体が到着したのは午後2時30分、しかし当
時の波高は軽く4メートルを超え、私たちが受けた連絡によると波長の長さが
68メートルと短く、更に風速30ノット(秒速約15メートル)という海況
ではさすがにUS2の行動環境を越えていて、午後3時に「現場離脱」という
知らせが入りました。どんなに優れた機材でも、出来ない事は出来ない訳で、
これは当然の判断です。ところがすぐに、第2便が厚木基地を出発した、とい
う連絡が入りました。現場到着時間の予想は午後5時半です。私たちの遭難し
た地点は東経150度を超えていて日本の標準時とは1時間の「時差」があり
ますから、日本時間の5時半というのはその日の肉眼でターゲットを目視でき
る最後の時間帯です。救助隊の皆さんは、夕暮れ直前の「なぎ」の可能性に賭
けて飛来してくれたんです。この皆さんが、海上自衛隊第71航空隊の皆さん
です。なんと、この日の朝には山口県の岩国基地に居て、そこで出動命令を受
けて厚木基地に飛来し、そこで待機していたそうです。出動の際には目的は知
らされず、厚木でテレビを見ながら「これか」と思ったと話してくれました。


事前に知らされていたUS2の飛来時間の午後5時30分ピッタリに、4発の
軽やかなエンジン音がラフトの周りに轟きました。ラフトのファスナー止めの
開口部を開けると、海面スレスレを旋回するUS2が目に入ります。しかし同
時に絶望的な波の高さも見えました。素人目には決して、午後2時半の時より
も海況が安定している様には見えません。正直「せっかく飛んできてもらって
申し訳ないが、いくら世界に誇るUS2でも着水は無理だ」と確信しました。
助けて欲しいのはヤマヤマですが、二次災害の原因になったのでは申し訳が立
ちません。ファスナーを閉めてラフト内で待機していると、何度も着水を試み
ているんでしょう、エンジン音が遠くなったり近くなったりを繰り返します。
時刻はやがて18時になりました。ヒロさんの腕時計が「午後6時です」と読
み上げるのを聞くのと同じころ、急速にエンジン音が遠ざかって行ったんです。
「これで現場離脱だな。ここまで来たんだから救助隊だって降りたかったはず
で、ホントに申し訳ないよね。」ヒロさんとこんな会話をしたのをはっきり覚
えています。


この瞬間を最後に、US2のエンジン音はピタリと止み、代わりにP3Cのエ
ンジン音が少し離れた場所で低く太い唸り声を上げるのが聞こえてきました。
しかし、この時私たちは別に絶望していたわけではありません。引き続き救助
の総指揮をとってくれていた海上保安庁から、当日の深夜に近くを通る自動車
運搬船が航路を変更してこちらに向かっているという連絡を受けていたからで
す。ありがたい事です。申し訳ない話です。唯、この時確実に二人の体温が低
下を始めているのに気が付いていました。ライフラフトに乗り移る時に全身海
水を浴び、漂流し始めて1時間後にラフトの中の海水をくみ出すまで下半身が
完全に水没している状態でしたから、正直「低体温症で心臓が止まるまでどの
くらい時間が残っているだろうか」という不安は感じ始めていたのです。


それからどのくらい時間がたったでしょうか、後に聞かされたところによると
正確には15分程度だったようですが、当時の私達にはもはや時間の感覚は有
りませんでした。突然ライフラフトのすぐ横で船外機のエンジン音が鳴り響い
たんです。開口部のファスナーを開けると小さなエンジン付きのゴムボートが
目に入りました。ボート上にはウエットスーツ姿にヘルメット姿の隊員が2人
乗っています。


「大丈夫ですか!?」


大きな声が風速30ノットの風に吹きとばされながらも、はっきりと耳に届き
ました。


「ありがとうございます。ご迷惑をおかけして申し訳ありません。こちらの方
は目が不自由なんです。よろしくお願いします。」


声をかけながら開口部からヒロさんを押し出すと、隊員がボートの上でしっか
りと受け止めてくれました。続いて私がボートに転がり込みます。


「それじゃあ行きます!」


再びゴムボートのエンジン音が唸りを上げます。目の前には壁のような4メー
トルを超える波。しかしボートは波を避けずまっすぐに波の上に駆け上がりま
す。聞くと、波を避けようと波の横に回るとボートがひっくり返るリスクが高
くなり、ボートがひっくり返ると船外機は必ずエンジンストップしますから、
どんなに高い波でも直角に進んでゆくのだそうですが、その勇敢さに度肝を抜
かれます。もっと驚いたのは、US2の非常用乗降口は機体の左の側面後部、
翼のエンジンから5メートルくらいしか離れていないところにあるんです。つ
まり回転しているプロペラの真後ろって事です。ボートはプロペラを目の前に
しても一瞬もひるむことなく斜めに機体に突っ込んで行きました。少し操作を
誤ったら、確実にボートごとミンチになってしまいます。それも波高4メート
ル風速30ノットの暴風の中です。こうして私たちは救助されたのです。


長い話になりました。この後機内に導かれた私が隊員と交わしたのが、冒頭の
会話です。海難救助、離島からの救急患者の搬送等、この命がけのオペレーシ
ョンが、彼らにとっての「日常」なんです。今も小笠原諸島には、急病人など
の緊急搬送の為に常に一機のUS2が待機しているそうです。「誰の命なのか」
でなく、「どれほど困難であるか」でもなく、彼らにとってそれが「救える命」
かどうかを唯一の判断基準にして、自らの命を危機にさらす彼らに本当に頭が
下がります。


最後に一つ手前味噌な話。助けて下さったレスキューの皆さんが笑顔で


「『たかじんのそこまで言って委員会』、岩国の隊員は全員毎週見てます。私
は日曜日に関東にいて見られない時には録画して見てます。頑張って下さい。」


って言って下さいました。


勿論、だから無理してUS2が限界を超えて降りて来てくれたのではありませ
ん。だって、彼らにとって「誰の命か」は全く関係ない話なんですから。


ところで今週に入って、お詫び行脚に歩いています。本当は、直接お世話にな
った現場の皆さんに謝意をお伝えしたいんですが、「私たちは組織の一員です」
と言われていますので、組織を代表する皆さんに会って、謝罪と御礼の意を述
べさせていただきました。多忙な時間を割いて下さった、海上保安庁長官、防
衛大臣、海上自衛隊幕僚長(お目にかかった時系列です)の皆さんには改めて
御礼申し上げます。この御三方とは、それぞれ個別にお会いしたんですが、皆
さんが異口同音に口にされたのは、「いや、それが私たちの務めですから。」
という言葉でした。トップから現場まで、本当に頭が下がります。


ちなみにこの訪問の際に、海上自衛隊制服組トップの海上幕僚長に教えていた
だいたんですが、US2から発進したレスキューゴムボートは高波の中で私た
ちのライフラフトを見失ったそうなんです。確かに水面すれすれを走るゴムボ
ートから、4メートルの波を越えて私たちのライフラフトを探すのは相当に困
難です。で、実はゴムボートは上空で待機するP3Cの誘導で私たちにたどり
着いたという訳です。30分ごとの無線連絡では話をさせていただきましたが、
一度もお顔を拝見することの出来なかったP3Cの乗員の皆さん、ありがとう
ございました。皆さんが上空から見てくれている、という安心感で生き延びる
ことが出来ました。
.*****************************************************
関連記事wedgeさんです。
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/2944?page=1
*****************************************************

今回の結果をどう受け止めて次回に繋げるか。。。。

ポジティブなヒロさんだから次に繋げるはず。いやもう繋げてるはず。

もうすぐヒロさんはアメリカに帰ってきます!

彼の夢!応援します!

皆様!応援宜しくお願いします!!!

by.megumi
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